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金平糖のできあがらない“核”のない東村山

王
 その代わり、東村山には発展途上の魅力があるのは事実だと思うんですよ。私にとって所沢は、今のところいちばん長く住んだ街になってますけど、正直言って、所沢にはいろんなものがある代わりに、なーんか息苦しさを感じていたのも事実なんですのよね。東村山には「何もないから新しい」っていう期待がどこかにありますものね。所沢なんかだと、やたらと町内会だとか市民運動だとかサークルだとかの地域活動が盛んですけど、ネットで“東村山”を検索してみても、そういう団体はほとんど出てこないし、人口の割にはお店の数はとっても少ないだろうし、たくさん人が集まるイベントなんてほとんどないし、悪く言えば活気のない街ではあるんですよね。変な話、金平糖ってケシの実だとか粟の実だとかを“核”にして、そこに溶けたお砂糖がくっついていってできるわけですけど、東村山にはその“核”がないって思うんですのよね。もしかすると、お砂糖がまぶされる“機会”も、できた金平糖を並べて売る“場”もないのかなって。
陳 小さな魅力はたくさんあると思うんですけど、東村山のレーゾン・デートルはなんだっていう掘り下げがメチャクチャだから、せっかくやったイベントも全体のイメージ・アップにはつながっていなかったりするんですね。意図はわかるんだけど魅力を裏打ちするような明確なコンセプトがないから、すべてどこかの区市町村でやっていたものの新鮮味のないマネッコになってしまう。
王 やっぱりアタクシは、東村山市にいちばん欲しいのはシナジーだと思うんですけど、なーんかみんなバラバラで、何をするにもエナジーも感じられないんですのよね。やっぱり遊びの精神っていうか、変な部分も含めて面白がる知的冒険心がありませんのよね。東村山音頭のパラパラ・バージョンを踊ってるオバアチャン集団の“青葉バァーバァーズ”なんかはとっても面白いと思いますけど、よく考えると「ソレしかないのかいっ!!」って気にもなりますしね。ウチの会社の前の“むさしのiタウン四季の街”なんかには、すべての家の玄関の前にちょっと洒落た玄関灯が2つずつホンワカと点いていて、京都の“ねねの道”のライト・アップを思い出すようにキレイですけど、アッチは毎晩お祭り騒ぎなのに、コッチは人通りも少ないもんだから、ついつい“○○家”と書かれた提灯を思い出しちゃって、毎晩お通夜みたいだったりするんですのよね。明るいせいでかえって不気味に感じたりしますのよ。
陳 前市長の鳴り物入りで建った、東村山西口のパークハウス・ワンズタワーだって、ちっとも東村山のシンボルにはなり得ていないわけですしね。

行政に対する不満とコミュニケーションの欠如

王 この、なーんかチグハグになってる原因っていったいなんなんでしょうかしらね。今度の渡部尚市長なんか、けっこうガンバってるという噂が流れてきたりもするんですけど。
陳 ハコモノじゃなくてコミュニケーションによる活性化にプライオリティを置いたその姿勢は、大いに評価していいのではないかと思います。ただ、今のところ、市民がその考えに乗ったという気配はありませんよね。やっぱりみんな、どこかで「ホンマカイナ!?」と思ってるんじゃないですかね。
王 ウチの会社だって毎年5万円の法人市民税を歯を食いしばって払ってるし、陳さんもたぶんヒーヒー言いながら市民税を払っていると思いますけど、いっちゃあ悪いけど、それが何かのカタチで還ってきているという実感はまったくないですものね。
陳 そうですね。やっぱり都心に勤めに出ているサラリーマン家庭の最大の不満はそこのとこなんだと思います。私なんか毎日、事務所の窓から東村山市役所を眺めて暮らしてますけど、市民税を払ってもお礼を言われるでも粗品をくれるでもなしね、何がご要望がございますかと御用聞きに来ることも引っ越してきてからいっぺんもないワケで、この寂寞とした疎外感ったらないですよ。そこんところをどうにかしない限り、とっくにベッドタウンと化している東村山の未来は真っ暗じゃないかと思うんですよね。
王 東村山市に住んでいる限り、誰しもみんな不満は感じているし、意見も持っていると思うんですけどね。
陳 やっぱり結論としては、コミュニケーションの欠如という問題に行き着くわけですけどね、かといって、「さあ、みんなで集まって話し合いましょう」という発想ではどうにもなりません。とにかく、“待ちの姿勢”じゃダメなんだと思います。もっと積極的に市民の中に入っていかないとね。いかに今まで無関心だった人たちを巻き込むかというのが重要なファクターですからね。お役所的に誰かがみんなの意見を調整するのではなく、みんなで何かを創造する機会を作らなきゃダメだという気がしますね。
王 そうですわよね。今の段階では、腹の探り合いさえもしてないって感じですものね。
陳 私は個人的には、今はもうとにかく“種を撒く”しかないんじゃないかと思います。どうしなきゃいけないなんて責任感はコッチに置いといて、無駄になることを恐れずになんでもやってみることだと思います。あんまり“有意義”なんてことを考えちゃダメですね。コミュニケーションなんていうと面倒なことになるから、何らかのカタチでポンポン情報発信して、刺激し合あいながら模索していくしかないんじゃないですかね。

東村山音頭を聞く機会のない東村山という不思議な街

王 これは昔からなんとなく思っていることですけど、そもそも、東村山の街で“東村山音頭”を聞く機会がほとんどないっていうことがあって、もうそのへんがね、すべてのチグハグの出発点という気もするんですのよね。もちろん、著作権の問題もあるんでしょうけど、こんなに超有名なご当地ソングを活かそうとしてこなかった理由ってなんなんでしょうかしらね。
陳 やっぱりそれは、“国宝”と“志村けん”を並立させたくないアンビバレンツっていう気が私はしてるんですけどね。アチラを立てればコチラが立たずみたいなね。それはともかく、当然、もっと別のアプローチの仕方があったんじゃないかとは思いますよね。たとえば、それが年間何100万円になるかはわかりませんけど、範囲を東村山市内だけに限るという条件で一括してJASRACに著作権料を支払って、東村山市内でなら誰もが自由に“東村山音頭”を流せるし聞けるし歌えるしみたいなね。
王 昔、北海道の江刺市に“江刺追分課”があったように、“東村山音頭課”があってもよかったですよね。
陳 市役所が市民のサイトであることを認証すればネットでも流せるとかね。志村けんの東村山音頭のイメージを払拭するなんて並大抵のことじゃありませんからね。“東村山ふるさと歴史館”や“八国山たいけんの里”を作るなら、“志村けん東村山音頭ミュージアム”があってもいいと思うんですよ。
王 なーんかやっぱりね、お笑い芸人ごときに勝手に作られたイメージは踏襲したくないという、変な意識も背景にあるような感じはありますしね。
陳 いちおう、正福寺では毎年文化の日に“地蔵まつり”というのをやっていて、最近は模擬店なども出て盛況になってるようですけど、この“地蔵まつり”というネーミングも安易過ぎる気がしますよね。なんたって国宝の内部が特別開帳される特別な日なんだから、そこをアピールしなくてどうすんだと思うんですけどね。
王 アタクシなんかは、田舎の街でヒッソリやっているお祭りというのも、それなりに魅力があると思いますけど、なんたって東村山は国宝ですものね。ま、私たちも含めて国宝の本当の価値なんかチットモわかってないかも知れませんけど。
陳 だからこそ、そういう国宝の隠れた魅力を再認識させてくれるイベントであってほしいんですけどね。やっぱりいろんなことの根底に、東村山市にどういう方向付けをするかというコンセプトがなきゃいけないわけですけど、それが時代とともにブレにブレまくっているわけですね。
王 市川一男元市長の“田園調布”みたいなポリシーがね。
陳 それはそれでパロディとして考えて、市議会で「東村山に家が建つ!!」とかギャグをやって貫徹してもらえればまだよかったんですけどね。

エナジーだけは見習いたい草の根市民クラブという存在

王 市議会といえば、矢野穂積氏率いる“草の根市民クラブ”という存在もとっても特徴的だったりしますよね。もう、あんまりにもアカラサマ過ぎてみんなで攻撃する元気もなくしてるような状態ですけど。
陳 多少過激ではあるけれど、以前はマットウなことも言っている党派でした。それが、朝木明代市議の転落死事件をきっかけに大きく変わって、今や一部の行動右翼やネット右翼だけに利用されるカルト政策集団になってしまった。でもね、今でも集中攻撃されている薄井さんや佐藤さんには悪いけど、あの執拗なエナジーだけは大いに見習わなきゃとも思うんですよね。
王 ナンダカンダ言って矢野氏は最下位当選しているし、部数は減ってると思うけど東村山市民新聞も発行し続けているし、りんごっこ保育園や多摩レイクサイドFMの運営にもかかわって、その上での日々の裁判活動ですものね。
陳 あの人のエナジーの根底にあるのは、「引っ繰り返すことの面白さ」だと思うんです。私にも多少そういうところがあるからそれはわかるんだけど、あの人の場合、そこにポリシーとか理念とか目標というものは最早存在していません。もう何の意味かもわからずに堅固な城壁を作っているだけですよね。でも、なんつったって現職の市議会議員ですからね。一部の人たちの支持を醸成させて、結果的に当選させてしまっている責任は私たちにもあるんだと思います。これまでにも選挙のたんびに、草の根市民クラブを攻撃する怪チラシが出回ったりしてますけど、やっぱりあれは卑劣な手段だという気がどうしてもするんですね。初めっから“目の上のたんこぶ”“臭いものに蓋”扱いをしてたんじゃ、向こうの過剰防衛に正当性を与えるだけだと思うんですよ。なーんかどこか、イイトコロは認めようよというのが出発点じゃないとね、なーんにも解決しないと思うんですよ。
王 陳さんも昔に比べるとずいぶん丸くなりましたわよね。
陳 そうでもないんですけどね。“敵に塩を贈る”の平成版で、裁判でイライラしないようにカルシウムのサプリメントをみんなで贈呈するとか、勝手に“東村山お騒がせ大賞”を創って受賞させちゃうとか、何はともあれ、どこかで視点を変えないと突破口は見つけられないと思うんですよ。「あっ、変わったな」というハッキリとした兆しみたいなものが見えないと、私たち市民だって「ああ、相変わらずなのね」と思うだけですからね。私の個人的意見ですけど、草の根市民クラブをなんとかできないうちは、東村山だって変わらないと思うんですよ。
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時事放談東村山を語るBへ続く


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